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日々の糧となりたもうことなかれ

特に何がとか言った意味はなく只々気の赴くままに

だから私の人生を笑うな

アイデアについて話す人は成功するけど、人について話す人は成功しない

本を読む人は成功するけど、テレビを見る人は成功しない

 

なんだかいろいろなところであんな人は成功するだろう、こんな人は成功しないだろう、ということを見かける気がします。

アイデアについて話しても机上の空論で終われば意味が無いし、人について話してても評論家だとかコメンテーターとか言われているような人たちは成功しているのでしょう。多分

テレビばかり見る人は成功しないと言いますが、本ばかり読むことはテレビばかり見ることと本質的には何も変わらないでしょう。所詮媒体の違いです

 

百歩譲って本のほうが媒体として優れていたとします。だからなんだというのでしょう。

そんな本を読むかどうかでパーソナリティがわかるはずもありません。

私の友人Mさんは本が好きでした。しかし決して頭がいいとはいえませんでした。

私の友人Sくんはアニメ大好きですが、かなり頭いいです。

本が好きかテレビが好きかなんて些細な問題であって、それを槍玉に挙げ勝ち誇るのは、只本読んでる自分に酔いたいだけの自己中心的な考えなのです。

 

そうやって何かを批判したいだけの考え方は嫌いです。

そのことを嫌いと言っている私自身も嫌いです。

 

閑話休題

 

さて本題に入りましょう。人はよく他人のことを評価したがります。

あの人は人に優しいだとか、あの人はかっこいいだとか、この人は賢い、あれは育ちが悪い、やれ箸の持ち方で育ちが見える、クチャラーは消えろだの

そんなどうでもいいような一部分だけを抜き出して、他人を判断して批評家を気取ってみたり。

 

いったいなんの意味があるのでしょう?

ただそれは誰だって――もちろん私だってやってしまうような承認欲求(タブンネ)の一つなのでしょう。

仕方がないです。でも意味もないのです。

自分だけ満足して他人を傷つける。そんなことなのです。

 

つまり何が言いたいのかっていうとです。

だから私の人生を笑うな

まあ要するに自己正当化です。

 

おあとがよろしいようで